ポートレートの女性たち 4.ルブラン夫人
生涯に600点以上の肖像画を描いたルブラン夫人。
フランス革命を逃れ、各国の宮廷生活をつぶさに見た女性であり、
王立絵画彫刻家アカデミーの会員という職業画家でもありました。

エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン(Elisabeth-Louise Vigee Le Brun)は1755年4月16日生まれ。
画商の娘であったため、最初は親から絵画の手ほどきを受けました。
1776年に、画家で画商であるジャン=バティスト=ピエール・ルブランと結婚。
マリー・アントワネットの肖像画を描くためヴェルサイユ宮殿に招かれ、
王族や貴族の肖像画を多数描きました。
1783年3月31日には、歴史画家として王立絵画彫刻家アカデミーの
会員となっています。
フランス革命を逃れたルブラン夫人は以後数年間を
イタリア、オーストリア、ロシアで生活し、各国で画家として絶賛されています。
帝政時代の1802年フランスに戻りましたがナポレオン1世と折り合いが悪く、
いったんスイスに赴いた後、王政復古後ルイ18世にフランスに迎えられました。
1842年3月30日にパリで死去しました。
ノリタケの元になった絵は、白い帽子を被り絵筆を握ったセルフポートレート。
このあまりに有名な絵は、KPMやドレスデンなどのドイツ陶磁器でも
ポートレート製品のデザインに使われています。
シンプルな服装と生き生きとした表情に、
仕事に励む職業婦人としての充実感をみることができます。

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