オールドノリタケ&アンティークガラス専門店 SIR JAPAN

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骨董掌話「店」に思う

 先月末、「横浜骨董ワールド」に出展した。「横浜骨董ワールド」のガイドブックは、骨董カレンダーの他、エッセイなども掲載されている。

 冒頭に、「店」と題したエッセイがあった。骨董店を開いていても経費がかかるし、催事のほうが売れるので店を閉めようか迷っていた。そんなある日、ひとりの青年が訪ねてきて、「父親から頼まれた」と紙袋を置いていく。中にはブルーの切子の花瓶と手紙が入っていた。
   「この切子は、今から10年ほど前に、私があなたの店の棚の奥から万引きしたものです。
   それをずっと気に懸けていましたが、最近、体の具合が悪くて、死ぬ前にこのガラスを返そうと思い、
   息子にたのみました。本当にすみませんでした。お金がないのに、古いものだけが欲しい時期でした。
   10年間、気にしながら、毎日花を入れて楽しみました。お許し下さい」
これを読んだ筆者が「やっぱり、店は続けよう」と思ったところでエッセイは終わっている。

 一読すると美しい話のように思えるが、なにか引っかかるのは私だけだろうか。
「万引きをする」感覚と「毎日花を入れて楽しむ」感覚は、私の中では両立しない。自分なりに目を磨いて真剣に選び、身銭を切るからこそ、気に入った骨董を手に入れたよろこびは大きいのである。万引きしたものを目にするたびに良心がとがめない人はいない。罪悪感にさいなまれながら骨董を「楽しむ」ことはどだい無理なのだ。

 ほんものを見る目を養うには、本を読むだけでなく、美術館や展示会に足を運んだり、ときには偽物で口惜しい思いをしたりと、それなりに時間と授業料がかかるものである。お客さまと接するたび、苦労して手に入れた骨董品を末永く楽しんでいただきたいと願わずにはいられない。